PHOTO,VIDEO & WORDS : Hiro Murata (TOKYONUR / Hiro Murata)
1. 荒野が拒む400マイル——米国最高峰、Mint 400というBattlefield
アメリカのモータースポーツ史において、最も過酷で、最もロマンに満ちたオフロードレースがある。それが「Mint 400(ミント400)」だ。
舞台はカジノの聖地ラスベガス近郊に広がるプリムバレー。夜明けの凍てつく空気の中、爆音とともにスタートを迎えるこのレースは、その名の通り400マイル(約643キロメートル)という気の遠くなるようなディスタンスを一気に走り抜ける。
その路面コンディションは、ハイスピードで駆け抜けるフラットなデザートセクションがあるかと思えば、次の瞬間には車両のサスペンションを容易に破壊する巨大な岩が散乱する「がれ場」が牙をむく。さらに、UnlimitedなTrophy Truckを始めとした上位CategoryのMonster Machineが掘り起こした深い轍(わだち)は、Dirt SpecにModifyされた4×4車両すら身動きをとれなくさせる。
1周約100マイルのコースは、セクションごとにその表情を劇的に変え、ドライバーの精神とマシンの耐久力を極限まで削り取っていく。完走することすら奇跡と呼ばれるこの地獄に、遥か日本から挑むチームがあった。今年で3回目の参戦を迎えた「Nomad Racing(ノマド・レーシング)」である。
2. プロではない、だからこそ負けられない——「街の自動車屋のオジサン」たちのプライド
Nomad Racingの布陣は、ドライバー2名、コ・ドライバー2名の計4名。しかし、彼らの中にプロのレーシングドライバーは1人もいない。
チームを率いるのは、神奈川県で板金業を営むBlue Label Auto EngineeringのKizu-san。そこに集まったのは、自動車輸入業の経営者や自動車整備業のメカニックたちだ。世間一般の言葉で表現するならば、彼らは「街の自動車屋のオジサン」たちである。
日頃は顧客の愛車を修理や車検業務などを行い、地域のMobilityを支えている彼らが、なぜわざわざ地球の裏側の砂漠へと赴くのか。それは、胸の奥底に燻る純粋なモータースポーツへの情熱と、「自分たちの技術が世界のトップステージでどこまで通用するのか」を確かめたいという職人のプライドがあるからに他ならない。潤沢な資金を持つワークスチームとは違う。知恵と工夫、そして限られた予算を握りしめ、彼らはアメリカの荒野に立っていた。
Chapter.03 – 軽量なBeetleと、足元を支える「ヨコハマ・ジオランダー」の横浜の絆
彼らがエントリーするClass 5-1600クラスは、Grass RootsのDNAが色濃く残るClass 11から、本格的なOff Road RacingへのStep Upとも言えるカテゴリーだ。ベースとなるのは、あの愛らしいVW Beetle。もちろん、Desert Rally専用の強固なRoll CageやLong TravelのSuspensionといったModifyは施されている。しかし、上位Categoryと比較するまでもなく、走行性能を向上させるためのModifyは極めて限定的だ。
それゆえに、路面からの凄まじい衝撃をダイレクトに受け止めるTireの選択は、生死を分ける絶対的な要素となる。Class5やClass 11の競技車両において、Yokohama TireのGEOLANDARの装着率は驚くほど高い。Nomad Racingもまた、Frontに”YOKOHAMA Y720 (Traction Service)”、Rearに”YOKOHAMA GEOLANDAR SD”という必勝の組み合わせを選んだ。
Desert RallyにおけるBeetleの猛者達がGEOLANDARを選択する理由は明確だ。ライトウェイトなBeetleにとって、必要以上に重いタイヤは駆動系への大きな負担となり、Suspensionの動きを鈍らせる。GEOLANDARは、過酷な岩場に耐えうる強靭な剛性を持ちながらも、バネ下重量を抑える絶妙な軽量性を兼ね備えている。さらに、プライベーターにとって「ユーザーフレンドリーな価格設定」であることも見逃せない。高性能でありながらTeamの懐事情にも優しい。だからこそ、Nomad Racingをはじめとする世界中の熱きプライベートチームから、ジオランダーは深く愛され、支持されているのだ。
PreTech Dayで偶然隣あわせとなった、JeepSpeedなCherokeeのチームも、
“YOKOHAMAはサイコウ。俺たちもSponsorして欲しいぜ”と言っていった。
両チームともに、手慣れたように無事に、Pre Techを通過した。
Pre Techの翌日には、Fremont StreetをRoad BlockしたFestival兼Tech Dayが開催。
“Mint 400はMint Hotelが主催しているDesert Rally”とは知っていても、そのMint Hotelが何処なのか・・・ということを気に留める人は多くは無い。
薄々気付いていたが、Hotel自体は80年代に既に閉館。その所在地はFremont Streetというわけで、その名残り未だにを感じ取ることが出来た。
Chapter.04 – 朝陽に染まるスタートランプと、フィードバックされた戦略
砂漠地帯特有の、肌を刺すような底冷えが残る早朝。Nomad Racingのピットには、心地よい緊張感が漂っていた。
今回の作戦は「1周(約100マイル)ごとにドライバーを交代し、同時に徹底的なピット作業を行う」というもの。これは、過去2回の経験から導き出されたフィードバックだった。目視でしか分からない車両の微小なクラックやダメージを早期に発見することこそが、この過酷なレースを生き残る唯一の術だと彼らは知っていたのだ。
スタートドライバーを務めるのはKizu-san。鋭い朝陽が砂漠を黄金色に染める中、マシンはゆっくりとスタートランプへと進む。スタートフラッグが振り下ろされ、ついに3回目の挑戦の幕が切って落とされた。
特設のインフィールドコースを軽快にクリアしたマシンは、公道区間を経由し、いよいよ文字通り「文明の届かない完全なオフロード区間」へと突入していく。Kizu-sanの正確なステアリングワークにより、マシンは牙をむく強烈な轍や、牙のように尖った鋭利な岩をもろともせず、砂煙を上げて快調に突き進んでいった。
Chapter.05 – 突然の終幕——砂漠が突きつけたあまりにも非情な現実
「完璧なコントロールだ」
1周目、マシンは大きなトラブルを起こすことなく、チームの計算通りにピットへと帰還した。Kizu-sanからSecond Stintを託されたKishimoto-sanへとドライバーチェンジ。Mechanicたちの手際よいチェックを終え、ビートルは再び砂漠の渦へと飛び込んでいった。順調、誰もがそう確信していた。しかし、レースの神様はあまりにも突然に、そして非情にカーテンを下ろした。
2周目、セクター1の序盤。そこは、深い轍の中央に、まるで罠のように無数の岩が点在する悪名高きセクションだった。
衝撃音が響く。突如、マシンの左フロントのロアアームが破断したのだ。激しい衝撃に耐え続けてきた金属が、ついに限界を迎えた瞬間だった。
不運は重なる。そこは工具やスペアパーツが待つ「リモートピット」から遥か遠く、自力で到達することはもちろん、救助やリペアの機材を持ち込むことすら困難な、砂漠の孤島のような場所だった。その場で修復を試みる術はなく、チームは無念のRetireを決断せざるを得なかった。
彼らの3回目のMint 400はこうして終わりを迎えた。しかし、Nomad Racingの魂は、まだ消えてはいない。
“壊れたなら、より強く直せばいい。”
それが「街の自動車屋」たちの生き様だからだ。
Nomad Racingの砂漠への挑戦は、この敗北を経て、さらに強固なものへと進化していくに違いない。





























































































